身近なコミュニティで暮らせる時代

読書と編集 千葉直樹です

常磐津の師匠みたいなのになると良いよね

江戸の落語聴いてると、三味線の師匠とか常磐津の師匠とか手習いの師匠なんかが出てくることがあります。

こういう師匠、町内にひとりくらいはいたそうで、それでそこそこ暮らせていたみたいですね。

落語自体も、わりと普通に町内に寄席があって、そこに話を聴きに行く。

定番の一発芸みたいなのもあって、変な仮装をして町内を歩くとみんながいくらかお金をくれたりみたいなこともあったらしいです。

そんなこんなで宵越しの金は持たねえ(というか持てないのが実態)暮らしがなんとか成り立ったのですね。

まあ、このへんの話は杉浦日向子さんの本の受け売りですけど。

僕の子供の頃は近所の裁縫上手の奥さんにちょっとした服を作ってもらったりってよくありました。これは今でもあるかもしれませんね。

なんでこんな話を始めたのかと言うと、今、時代が大きな曲がり角にきたんだなあと感じるからなのですね。

大量生産大量消費からの脱却

このところ、家にこもってどんなことができるんだろうということを僕自身が体験していろいろ考えているのですが、だんだんわかってきたことは、今の資本主義の基本スタイルは大量生産大量消費モデルなんだなあということです。

そこにはお金が絶対必要で、お金があればなんでもできると錯覚させる社会になったのでしょう。

コト消費なんて言われるけど、たぶんこれも実は的を外している感じがしてきました。こんなに外に出るのが難しい社会になったら、旅行どころではないというのがその代表的なものでしょう。

まだまだ大量消費を前提としたビジネスモデルに囚われるなあと感じるようになってきました。もちろん自分のことですが。

例えば、「断捨離」なんて、大量消費に対するアンチテーゼ的なものですからね、そもそも大量消費がないと成り立ちません。流行るものじゃなくて、必然的に断捨離せざるを得ないようになっちゃいそうです。

もうそういうの、もう行き着くところまで来ちゃったよね、もう成立しないんじゃない?ということを突きつけているのが感染症のの蔓延する社会のような気がします。

とにかく集客だというのもわかる。でもその裏には大儲けしなければいけないみたいな感覚もある。それってひょっとして古いんじゃないかな?という疑問を持つと、違ったビジネスモデルが見えてくるかもしれないと思うのです。

今のご近所付き合い

今はリアルなご近所付き合いがなくなっちゃった感じですよね。正直めんどくさい。

でも、形が変わっただけで、似たようなものがある。オンラインサロンとか流行ってたり、それを軸にして各地にコミュニティができたり。SNSにも有形無形のコミュニティがある。そして、その中では結構コンパクトな経済がまわっているケースがある。

これ、たぶん今風のご近所付き合いなんだろうなと思います。

最近、マスク作る人が増えているでしょう?

案外身近なところに器用な人がいて、上手にマスク作るんです。

それですごく儲けたいとか思っているわけじゃないし、必要な人に行き渡ったらいいなと思ってメルカリとかに出すとね、それを転売する人とか必ず出てきて、なんだかそれは不健全だという排除圧力がかかる。これ、すごくまともな感覚だと思います。いろいろ理屈を付ける人はいるだろうけどね、あまり良いことだと思っていない人が多いから「転売ヤー」なんて言葉ができるわけで。

まあ、そんなことがあるので、一括して販売禁止ってことになっちゃう。ここは問題なんですよね。

ここに、ちょっとしたポイントがあります。

「一見さんお断り」です。

これ、お高く止まっているとか言われると思うんですけど、まあ言う人には言わせておくことにして、こんなふうに考えることができるんですよね。

角度を変えて言うと、Facebookで実際にあった人しか友達にしないとか、申請するならメッセージくださいとか、そういうポリシーってあるでしょう?あんな感じですよね。

そういう自分が厳選した人のコミュニティの中でだけマスク買ってもらうっていうのがたぶんうまくいくと思うんです。儲けるつもりじゃなくてね、自分がやりたいことをやっていける程度の対価を貰えばいいっていう人、結構いるでしょう?

それで助かるっていう人もいるし、カワイイ。おしゃれだから欲しいっていう人もいる。そういう価値を共有できる人にだけ使ってもらうほうがいいじゃないですか。もう、徹底的にこりまくってマスク作るのも面白いですよ。きっと。

こういうコミュニティが小さければいいと言っているわけじゃないんです。コミュニティに信頼とか敬意みたいなものが存在するなら、コストがとても小さくなるというお話で。

もっというと、そこにお金が介在するだけでコストが高くなるという感じ。

お金を出せばなんでもできるという感覚ではもうダメなんです。そういう人はたぶん「一見さんお断り」の世界から弾かれてしまうでしょう。

ネットの世界が拓くもの

インターネットはお金の規模の拡大につかえるぜって、リアルな経済に利用してきたのがこれまでの時代だったと思うんです。

でもリアルな経済の拡大志向の限界も見えてきて、さらに感染症でかんたんにシュリンクしてしまうという脆弱性は、むしろ被害を大きくする方向に働くことがわかりました。

そこで、最初の常磐津の師匠の話に戻ります。

町内というコミュニティで、なにか教えたり、代わりに作ったり、さまざまな役割を果たすことができると、案外楽しく暮らせるのかなということです。

ネット時代の町内は、物理的な距離を克服する方向に進むでしょう。

そこで、自分の得意なものでみんなの役に立ちながら、やっていくんです。料理を教えあうのもいいし、なにかの技術を伝え合うのもいいし、読み書きそろばんを教える人もいたらいいし、人を笑わせるような面白い話をするのもいい。

するとその周りにそれをサポートする仕組みが産業として立ち上がってきます。

モノづくりの材料を揃えて届ける仕組み。コンテンツを作るのをサポートする仕組み。誰でも簡単に高品質なコンテンツを配信できる仕組み。もっといろんなものがあるでしょう。

想像力をはたらかせて、みんな町内の常磐津の師匠みたいになるといいんじゃないかなあ。

たぶん、これからの働き方、生き方の方向はそういう感じではないかと思っています。

常磐津の師匠的趣味の宣伝

常磐津の師匠って何回も言ってますけど、僕は常磐津ってどんなものか知りません。機会があったら学びたいです。

それはちょっと置いて、常磐津の師匠的な人になるための修行のひとつとして、オンラインならではの読書会をやることにしました。

自宅にある蔵書を自由自在に使って本の話をしましょう。

これ、オンラインじゃないとできないことです。

好きな本の話ができて、読みたい本を見つけることができて、それをさらに本好きな人に伝えるのです。

儲かる仕組みはないですけど、楽しむことはできると思うんです。少なくとも僕は楽しむ自信があります(^^)。

それが、「タイマンビブリオバトル」です。

Zoomを使って一対一で自分の本棚から自在に本を取り出してよもやまな話をしてくれる人募集中です。

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