心地よいと思うこと
読書と編集 千葉直樹です
覚えていない状態を作ることはできない
毎日、いろいろなことを考えたり、やってみたりしているけれど、僕はあまり心地よいという状態がない。
もちろん、なにかに夢中になってやっている時とか、大好きな友達と話したりしているときはそんなことを考えることはないのだけれど、ふとそういう考えに沈むことがよくある。
だれにでも体調の好不調はあるだろうし、さまざまなことで悩むことはあるのだろうけど、僕には子供の頃から自分にとってあまり良くない状態があたりまえになっていて、良かった時の記憶があまりないようで、不快な状態が既定値みたいになっているみたいなのだ。
でも、それは実は単純なことができていないからなのだろうなと薄々感じていた。
「筋肉は裏切らない」って言葉をよく聞く。簡単に言うとそういうことだ。
僕は身体を上手に動かすことが不得意で、運動をすることをずっと避けてきたから、いつも思考が優位になってしまうのだ。身体を動かさずに頭だけを動かすとろくなことがない。
ほんの少しだけ、身体を動かす。たぶんそれだけで良くなることはあるはず。
でも、これが僕の場合はとても観念的で、本気で身体を動かすことをしていないのだと思う。
これではいいアイデアなど出てくるはずはないし、いつも不快な状態にいることになってしまうのだろう。
と、さっき思いつきで瞑想してみて感じたのだった。
やってみたのが身体を動かすことではなくて、瞑想だというところが僕らしい。
まずは呼吸を整えて、頭を空っぽにしてみる。もちろん簡単に空っぽになんかできないんだけど、それを30分ばかり続けていたら、ほんの少し体が軽くなった。
次はもう少しきちんと身体を動かそう。
急に無理はできないから、家の中でできることから。
僕に今必要なのは、快適な状態というのを身体に覚えさせることなのだ。
いたずらに年齢を重ねてきても、わからないことはわからない。
とりあえずやってみる。そういうことだ。