辞書だって読み物だ
読書と編集 千葉直樹です
想像力を育むには辞書が良い
無味乾燥というなかれ
実用の世界に潜む楽しみ
辞書は引くものと思っている人は多いでしょう。
でも案外辞書が好きで本棚にいろいろ置いているという人もいるのではないかと思います。
僕はスマホの中に大辞林と英和のWISDOMと、英英のLONGMANを入れてあって、机のそばにはカバー写真のちょっとオタクチックな辞書が置いてあって、奥の部屋の本棚にも数冊(たぶん見えないところにもある)の国語辞典やら古語辞典やら、これはちょっと毛色が違うけど「なんでもわかるキリスト教大事典」なんて本もあったりします。
小学校から中学校までは20巻くらいの百科事典を毎日読んでいたし、辞典とは違うけど基本的に調べるものであるはずの時刻表を毎月のように買って読んでいました。学生の頃に買った模範六法もたまに開いて眺めたりします。これは古いので完全に読み物ですね。
一見無味乾燥なこの手の書物も読み物として楽しめてしまうのは、物事の背景を知るとか、想像するということがあるような気がします。
ついでに読む
インターネットではできない楽しみ方
これらの「引きモノ」、勝手に今考えた名称ですけど、インターネットが使えるようになってから、手元に持っていないという人も多いのではないかと思います。
ネットの検索のほうが情報は豊富だし、新しいものが得られるという利点があるので、わざわざ辞書持たなくてもいいというのもよくわかります。
実際、僕も調べ物はネットの検索を使います。絶対そのほうが速いです。
でも、紙の本としての辞書は違う楽しみ方があるのです。
それは、調べようと思ったこと以外の情報との偶発的な出会いがあることです。
辞書は引く機能が重要ですから、「あいうえお順」のように、意味とは無関係な順番に項目が並んでいます。
重要なのはこの意味とは無関係というところです。
ネット検索は、検索した情報と、それに関連する情報を調べるのには便利なのですが、こういういわゆるセレンディピティを上手に生んでくれないのですね。
これ、アマゾンじゃなくて本屋さんに行くというのも同じなのですが、自分が意図していない情報に出会う手段として優秀だと思うのです。
なにか調べたら、まわりの見出しをさっと見て、目を引いた見出しの説明を読んでみる。結構「へー」ってことがあるものです。そして、そういう「へー」の項目は、当初調べようとしていた事よりも頭に残ったりするものなのですね。
これはもう「引く」より「読む」という行為に近いのだなあと思います。
たまに辞書を適当に開いて目を通してみてください。案外楽しいと思うかもしれませんよ。
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