占いは問いを立てて一回だけやる

占いは嫌いでした

今でもすごく好きってわけではないんです。でも僕の学習欲には引っかかっています。

先週、こういうイベントがありまして、知り合いの占い師さんから当日朝に情報が流れてきて、早速申し込んで参加しました。

これが大当たりでした。

鏡リュウジさんの話はもちろん興味があったのですが、平野多恵さんのお話がすごく面白かったのです。

占いの歴史と、その意味をきちんと学術的に考える。これは僕の興味にぴったり当たっているのです。

以前から鏡リュウジさんの占星術に対する心理学的なアプローチは面白いと感じていました。それはなんとなく心理学が科学たろうとしたある意味で痛々しい歴史と重なるもので、とても興味深いものです。

こんなことを言うとなんですが、西洋占星術って、ちゃんとした科学なんですっ!て必死に主張してきた感じなのですね。僕もちょっと科学っぽいなというところから興味をもったくちです。

でも、まあ心を扱う分野ですから、中途半端に科学的に考えるとどうも思考が不自由になるというか、いろんなところで壁にぶつかる感じがしてしまうのです。

不自由さの第一は、星が規則的に動いているということで、それを基盤にしてしまうとどうしても運命論的になってしまうことでしょうか。

表現するのがなかなか難しいのですが、「こう思う」「こう感じる」っていうところをもう少し大事にしても良いのかなと思っても、「それは客観的ではない」と否定する気持ちが生まれてくると言う感じです。「星はそう動いていない」みたいな感じ。

まあ、まだ学びはじめたところですから、これは仕方がないのかなとも思っていますが。

上記のイベントで、もう少しイメージ寄りにしても良さそうだという直感が生まれました。

理屈はとりあえず置いて、偶有性に委ねるというのは、案外みんなやっていることだなと思ったわけです。

おみくじでもタロットでも

とても面白いなと感じたのは、そもそも占いというのは、問いを立てて行い、結果を信じて決断するものだということでした。これまで僕はあまりそう考えたことはありませんでした。

例えばおみくじ。おみくじを占いとは考えていない人もいるかもしれませんが、くじは原初的な占いなんですね。

なんとなく適当に引いてしまうことが多いような気がしますけど、本当はきちんと問を立てて引く。その結果を見て決断するのが正しい。

何度も引くのはダメだそうです。そりゃそうだと思いましたけど、よーく考えてみると、何度も引くのはそもそも信じていないってことですよね。そして、信じるのが大事なのは、偶然に決断を委ねても良いくらい考え抜いて、それでも選択できないことについて決めるためにやるのが占いだからなのですね。

占いってちょっと胡散臭いじゃないですか。それが好きな人も嫌いな人もいるでしょうけど、胡散臭さの原因は人の弱さとかいい加減さから生まれてくるものなのだなあと考えると、なかなか面白いと思うのです。

より人の心の動きとか、感じ方みたいなものに着目して、そこから生まれるイメージをよく考える。うまく言えませんがそういうことかなあと。

まだまだ上手に言語化できないので、もっと学び、考えていきたいです。

内省が捗る情報を得るきっかけがたくさんあって、とても意義のあるイベントでした。

僕は本気で考えて、どうしても決められないなと思ったら占おうと思います。

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