日本語をタイプすることから日本語を使って情報を処理することの本質を考える

読書と編集 千葉直樹です

小学校・中学校のとき新聞を作っていました

今はこうやって細々とブログ書いたりしていますけど、なにか書いてみんなに見てもらうということには小学生の頃から興味がありました。

で、新聞委員をやってました。

たぶん僕の世代はギリギリガリ版を切ったことがある世代ではないかと思います。

小学校ではガリ版で新聞を書きました。学校からヤスリ板とロウ原紙と鉄筆を借りて家に持って帰ってガリガリと書いていました。作った原稿を学校で手刷りしました。これが原点。

程なく、学校に当時ファックスと呼ばれていた機械が設置されました。まるい筒が2つ横に並んでいて、片方にペンで書いた原稿の紙を巻き付けて、もう一方に印刷機にかけるシルクスクリーンかなにかの謄写原紙を巻きつけて、回転させて光学的に原稿を読み取って謄写原紙に写し取っていくものです。たぶんこの2つの筒の間に通信がはいっているのが今のFAX。

できあがった謄写原紙を自動の印刷機にかけて印刷していきます。

同じ頃には謄写原紙をもっと早くつくれる理想科学の製品があったはずですが、僕の通っていた学校にはちょっと時間がかかるものしかありませんでしたね。

これ、専門にやっている職員さんがいました。仲良くなっていろいろ印刷してもらいました。

中学に入って、原稿をなんとかして活字にしたいという思いが強くなりました。

そろそろ街の電器屋にパソコンの原型マシンが出てきた頃でした。パソコンだけでなく、ワープロ専用機のハシリみたいなのもあり、そのデモ機を使って原稿打ってみたりもしました。いまじゃちょっと考えられないですけど、電器屋さんもまあまあゆるめでそういうの許してくれていました。

とはいえ、一日中入り浸れるのは日曜日だけですし、タダで使っている負い目もありますから、本格的になにか書くということには使えません。

で、学校で目をつけたのが和文タイプライターでした。

こんなやつです。

photo by UEC Communication Museum

当時はパソコン(の原型)にはストレージデバイスがついていないものもありました。最初からついている(カセットテープでした)機種もありましたが、だいたいオプションでカセットデッキ的なものをつけてデータを記録するのです。

ですから、ワープロの原型機も、原稿を記録しておくというよりはタイプライターのように打ったものをすぐに紙に印刷していくというようなものでしたし、入力方法にしてもまだ日本語IMEがなかったころで、せいぜい音読みを入力して漢字に変換するというなかなか大変なものでした。

和文タイプライター、見たとおり、漢字がたぶん音読み順に並んでいて、そこから一文字ずつ拾って打っていくんですけど、ワープロの原型機も手間はさして変わらなかったのです。

これ、学校に2台くらいありました。でね、まああるけど使っている先生はいないわけです。そりゃそうでしょう。手で書いたほうが楽ですもん。

今でも「手書きのほうが暖かさが伝わる」というアーティスティックな理由で手書きしかしないという先生がいるという都市伝説を聴いたりしますが、学校の先生はアーティストだからIT使わないみたいなの、このころからあるわけです。まあ、和文タイプライターは生産性上げないので使わないのは正解ですけど。

で、使われていないので借りました。これ、一応持ち運べるんですよ。例によって家に持って帰って、新聞作ったりしていました。

そのころの僕はとにかく活字にしたい欲が強かったんです。

同世代の人は経験あると思いますけど、自分の好きな曲を集めたカセットテープのレーベルにインスタントレタリングという転写シートを使って曲名書いたりしてましたしね。懐かしいでしょう?

そんなわけで、和文タイプライター、使いました。よく使う漢字は場所を覚えてしまうので、徐々に速く打てるようにはなってきます。

後に付き合いはじめた彼女が商業高校の生徒でした。商業高校って今でもワープロ検定とか受けさせられるみたいですが、当時は和文タイプライターも検定があったそうで、一級とかになると、ほとんどこの文字盤見ない状態で打てるようになるんだそうです。すごいですねー。

こういうデバイスのあとに、ワープロ専用機が登場します。そのあたりからローマ字かな変換ができるようになって、日本語入力も随分楽になってきました。

パソコンでワープロといえば一太郎一択。みたいな時代でした。30数年前のことです。まあ、それも使わない人は使わなかったのですが、30数年経って、今でも使わない人が結構な数いるというのがね、悲しいを通り越して凄いって感じですけどね。

自分用にワープロを買ったのは社会人になってからでした。SONYのノート型のワープロがコンパクトでかっこよくて持って歩いていました。これが面白いことにターミナルソフトが入っていて、オプションのモデムを電話回線につないでパソコン通信を使えたんです。PC-VANとかNIFTY Serveとか地元の新聞社がやっていたローカルなネットワークとかでネット漬け時代が始まりました。

そんなわけで、僕がパソコンを自分で持つようになったのは三十代が近づいてからでした。まあ、会社では随分使っていて、ラップトップが出てからはそれを自宅に持ち帰って使ったりしていましたけど。

日本語文章を活字にできるようになったけど

日本語文章をだれでも気軽に活字にできるようになったのは、25年ほど前のことなんですね。ちょうどWindows95が出て、インターネットが身近になった頃からだと思います。

でもね、この「活字にする」っていうのが未だに日本人の意識の中に強く残っているんです。

「活字にする」ことに意味があると思っている人がまだまだ多いんですね。

それはMS Officeの使い方を見ればわかります。

文書作るのにWord使わないでPowerpoint使う人がわりと多い。もっとひどい人はExcelをワープロのように使います。

どこがひどいのかよくわからない人も多いでしょうけど、これ、実はとても問題があるんです。

パワポの人もExcelの人も、たぶん印刷イメージで文書を作っています。これ、IT時代の考え方じゃないですからね。

無意識に紙に印刷するイメージで文書を作ると、仕事の効率化なんて覚束ないのです。ハンコがダメな理由、説明できますか?FAXがダメな理由も同じですけど。

この30年で情報技術はとんでもなく進化しました。でも人の意識とか知識はさほど進んでいないのです。

それで問題がないと思っている人が結構いるみたいですけど、世界を見るとすごく遅れているんです。

ただ、そこには日本語をタイプするツールを苦労して作ってきた歴史もちょっと関係している。そんな風に思います。

和文タイプライターが生産性を上げない原因、わかりますか?そして、未だにそれと変わらない意識でパソコンを使っている人が多いということ、わかりますか?

日本語を活字にするのが目標の時代から、日本語で情報を表現し、それをコンピュータで自動処理する時代に。ごく普通の人々の意識がやっと変化しようとしている。そういうことをプライベートな印刷の歴史から考えてみました。

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