ANAの他社出向の既視感

読書と編集 千葉直樹です

ANAが数千人規模の人員削減と、他社への出向の受け入れ依頼を行っているというニュースがありました。

航空需要はビジネス需要に変わるものを見つけないと、去年までのような活況にもどることはないと感じます。なんだかんだ言っても堅調なビジネス需要に支えられて、そこに波のある観光需要が乗っている構造だったのではないかと思うのです。

観光はそもそも不要不急。ビジネスは必要で移動していたように見えて、実は人が移動しなくてもなんとかなってしまうことを新型コロナウイルスが暴いてしまいました。合理性の高いビジネスの世界ではこの動きは変わらないでしょう。そう考えるとやっぱり先はちょっと厳しい。

このところ昔のことを振り返ることを続けているのですが、既視感を感じる出来事がありました。

僕が就職したのは、ちょうど国鉄が破綻してJRになった、いわゆる国鉄分割民営化の時期でした。

僕の育ったところは国鉄の城下町のようなところでした。近所に工場や機関区があり官舎もたくさんありました。住んでいる人の大部分が国鉄職員という感じで、雰囲気としては国鉄職員にあらずば人にあらずというムードがありました。うちは普通のサラリーマンでしたから、ちょっと肩身が狭い思いをしたこともありました。

それほどの大きな組織が変わるのは本当に大変なことでした。

就職した時、同期の中に当時の国鉄が人員を異動させるために作ったシステム子会社からの出向者が何人か居ました。若い人を先がありそうな会社に異動させ、まだ社員育成も無理だったので民間会社に受け入れてもらっていたのです。たぶん色んな所でそういう動きがあったに違いありません。

年齢の高い人は大変でした。負債を片付ける清算事業団への異動(体のいい馘首でした)をしない代わりに広域配転に応じて、首都圏などに異動する人も居ました。北海道よりはマシとはいえ、首都圏でも人あまりだったわけで、異動先でもいじめを受けたりかなり大変だったようです。

ANAのニュースはそんな時代のことを彷彿とさせます。

戻らない需要や、さまざまな合理化が進む世界では元の会社に戻るのはかなり難しいでしょうし、出向先があるうちはまだマシで、そのまま会社が消滅する可能性も否定できません。

民間会社とはいえ、大きさを考えると国が介入しての再生または合併、最悪精算ということになり、そこにあるのは国鉄と同じ運命のように思います。

同じような問題を抱えている業界は他にもあるでしょう。

改めて、本当に年功序列とか終身雇用というのは幻想だったのだなと思います。

強制的に生き方を変えられるのは辛いです。自分の生き方を、きちんと自分の責任で選ぶという当たり前のことが求められている。それを自覚した人から次の世界に飛び立つことができる。

そういう人たちをほんの少しでも応援し、お手伝いしたい。そのためにできることはなんだろう?

日々そんなことを考えています。

Follow me!

読書と編集のオンライン講座

マンツーマンオンラインで読書と編集の講座を受講しましょう。3000円/30分から。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください