仕事ができる人とデザインのこと

読書と編集 千葉直樹です

僕は就職してついていた職種はシステムエンジニアでした。就職した当時は業務用のシステムはメインフレームとそれにつながるメーカー独自OSの端末となるパソコンで作っていました。まだ今僕たちが普通に使っているようなパソコンはホビーユースの時代。アプリケーションは基本的にCOBOLで書いていました。

COBOLはオンラインがない時代から使われている言語で、オンライン時代になってメインフレーマはそれぞれのOSで今で言うフレームワークを提供していて、それを用いて対話処理を作っていました。

今でも残っていると思いますけど、画面に緑色の線で区切られたたくさんの入力項目が並んでいるような画面のシステムを作っている時代ですね。

そんな頃、すごく仕事ができる先輩がいました。

メインフレームを自由自在に使ってシステムを作れるような人でした。

システム構築とはちょっと違う社内のレクリエーション的なことも企画していて、若手にそのための文書を作らせたりもしていました。

ある時、若手が作った文書について、先輩が言っていることが耳に入りました。

「ここの余白なんだけどさ、狭すぎるとなんとなく精神衛生上よくないじゃん」

面白い表現だなと思いました。

当時、メインフレームでの開発の世界では、「デザイン」という考え方がほとんどありませんでした。個々の感覚に頼っていて、今のようにデザインにセオリーがあることなど全く思いもよらないし、デザインといえば絵をかけるデザイナーがやるものというイメージが強かったのです。

今考えると、この先輩はきちんとデザイン思考をしていたのだなと思うのですね。

文書の見た目が与える影響に気づく感覚が、設計するシステムにも影響を与えていたのでしょう。その先輩が作っているシステムは構造が理解しやすくて、機能を追加するのもやりやすくなっていました。きちんとモジューリングされているところもあって、お客様ごとにオーダーメイドでシステムを作っていた当時でも、コアの部分は他の顧客の開発で流用できるようになっていました。

複数のユーザシステム開発を経験している人でも、ここまでわかりやすいシステムを作れる人はあまりいませんでした。

残念ながら僕は一緒に仕事をする時期が短くて、その先輩の考え方をきっちり学ぶことはできませんでしたが、デザインについてちょっとかじってみた今考えるとすごかったなあと改めて思います。

コンピュータの世界に限ったことではなく、今はあらゆる分野でデザイン思考ができる人が求められていると思います。

デザインとはユーザの体験がより良くなるようにあらゆるものを整えることということができます。自分にとってのユーザとは誰か。その人のためにどんなことができるのかとことんまで考え抜くことです。

これはあらゆる仕事(家庭でも)に必要な考え方だと思います。

僕もそのようにお客様に向き合っていきたいと考えています。

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